私は死後の世界があるとはハツキリ思えないという人はたくさんある。
では自分に信念があると思うだろうか。
自分ではあると思う時と、ないと思う時があるのではないか。
そのハツキリしない信念で楽しい生活をしようと思ってもそれは無理。
たとえ、死後の世界があると思ってもよい。
また無いと思ってもよいが、そのいずれでもハツキリした信念があればよいのだ。
私はそのいずれかをハツキリさせずにはおれなかったのが、仏教を求めるキッカケだ。
私も最初は死後を認めていなかった。
私の死後を認めていなかった信念がぐらついたのは、学校の友人が死後の世界があるとハッキリ断定してからだ。
それからハッキリさせずにはおられなくなり仏法を聞いていった。
そして後生の一大事を知らされ真剣に求めていったのだ。
あなたもその定まらない心を徹底的に追及して行くことだ。