先日私は滋賀県での尊い御法縁に合せて頂く事ができ、
思えば
不思議な気が致します。
行く気もしていなかった私が、ふらふらとした気持ちで
汽車に乗ってしまったのでしたけれど、
会場について、周囲の山々を眺めました時、
私はようやく、遠くに来ているのだ、と言う実感が致しました。
そして、さあ聞くぞと思いました。
それから尊い
浄土真宗の法話を聞かせて頂いて、
私は今までに感じたことのない何かを感じたのです。
それは
阿弥陀如来に救われたという彼女の
聴聞の姿が
私とはあまりに違っているという事です。
そしてそのようにして救われた方々が、
どれほど私達の救われる事を、
心から念じていらっしゃるかという事が
今までになく感じさせられました。
そして一日二日と自分では一生懸命聞いたつもりでした。
でも聞かせて頂ければ頂くほど聞けない自分が知らされました。
私が強く聞こうと思えば思うほど苦しい思いを致しました。
蓮如上人が聴聞に極るとおっしゃられた言葉が思い出されました。
2日間で帰る予定でしたのに
親鸞会の講師がもう一日もう一日とすすめて下され、
6日間は夢のように過ぎてしまいましたが虚しさすまなさ、
そしてなにがなんでもと言う思いを胸に帰りの汽車に乗りました。
遠くに行けばなお法の友はいいものだなとつくづく感じさせられました。
どこにいようと私達法の友尊い善知識のもとに、
目的に向かって進ませて頂きましょう。