ある日、今も忘れられない事がおきたのです。
それは神経の中枢、背椎の手術でした。
煌々と輝く電光の下、数人の医者と看護婦に囲まれた下半身に麻酔がかけられました。
白く光るメスが真赤に吹き出す鮮血の中を痛く切り開いていったのです。
冷たい汗と
不安の連続に身もだえする私の体をしっかりと看護婦がおさえております。
まもなく真剣な医者、看護婦の声、骨をけずりはじめたのです。
鋭い痛みに思わず息をとめた私、それから又、長い緊張の連続が続きました。
そしてようやく鮮血に染まった医者が手術の終りを告げました。
フーと息をつくや、グタッと気を失った私。
3時間も眠ったでしょうか、麻酔が切れ、突然眼がさめ激痛を感じはじめたのです。
それはもう表現できないものでした。
動けない私は顔をかきむしりホホをつねり、歯をくいしばりました。
しかし朝、昼、夜と激痛は休みなく何日も何日も続きました。
そして心身共に疲れ果てた時ようやく痛みが遠のいていったのです。
寝たまま動けない私は、この時、もし地震に遭ったら、もし火事に遭ったらと思うと不安で一杯でした。そして一日も早く元気になりたいと生に対する執着は限りなく続くのでした。
それから月日は流れ、おととしの秋、カゼがこじれ病床についたのです。
シンシンとした真夜中、突然眼がさめ、今
死んだらどうなるんだろう、どこへゆくのだろうかと思いはじめたのです。
段々と不安はつのり、忽然と暗黒のドン底へたたき落されました。
道なき暗黒の中をトボトボと歩いてゆく人間、又頭下足上で雨のようにはげしく落ちてゆく人間、日頃母から
仏教を聞いていた私は、ただただ
阿弥陀如来を必死に念ずるばかりでした。
そして仏法を伝える人間になろうと思ったのです。
それから間もなく
親鸞聖人の教えをきかせていただいたのです。
はじめて聞いた時の講師の毅然とした態度、力強い真実の教えに私の心は大きく大きくゆり動かされたのです。
未だかって誰も教えてくれなかった人間の実相、
後生の一大事がここに明らかに知らされたのです。
そして二千畳の親鸞会館で本当の
親鸞聖人の御教を正しく教え伝えて下される唯一人の善知識におあいできたのです。
御自身の絶対の体験からあふれ出る真実の教え、自信に満ちた確固たる信念の言動は、厳しく、はげしく、又暖かくも感じました。
「人間は
なんのために生きるのか」
「
生きる意味は何か」
「その目的の獲得方法は」
とこんこんと話される善知識は
「正しい仏法を聞けば必ずなれます。
今死がきても変らない絶対の幸福に必ずなれます」
ハッキリと幾度も幾度も断言なされる命がけの
浄土真宗の御法話に、私の心は希望に満ちあふれるのでした。
私もなりたい、一日も早く安心しきった心になりたい。
そう思って各
仏教講座をまわり一年半
聴聞を重ねる度毎に、今までに幾多の
無常を知らされ、一日も早く絶対の幸福を求めていた私は、総ての人が助かるこのすばらしい教えを一人でも多くの人々に少しでも有縁の方々にお伝えしたいと思ったのです。
その心に、その求道心に百雷が落ちるが如く、突然父が死んでしまったのです。
今日とも知れぬ、いや今晩ともしれぬ
無常の風は父の命を奪ってしまったのです。
はげしい交通戦争の犠牲者として、あんなに元気であっただ父が、もうこの世にはいないのです。
どんなに叫んでも、もう父は帰ってこないのです。
病院の前で私は泣きながら叫びました。
バカヤロー、バカヤロー真実の仏法をききながらどうして絶対の幸福にならずに死んだんだ。
冷たい父を前に夜があけるまで泣きました。
家中が泣きました。
六親脊族あつまってなげき悲しめども更にその甲斐あるべからず。
五欲に追いまわされながら何の為に生れてきたのだ。
仏法をどうか聞いて欲しい。
どうか仏法を聞いてほしいと父に頼んでも、今日は疲れた、明日は忙しいと言って仏法を聞いてくれなかった父、
「一度、
地獄に入りて長苦を受くる時、始めて人中の善知識を憶う」
地獄に堕ちてから
後悔してももう遅いのだ。
今頃父はどんなに苦しんでいるだろう。
どんなに苦しみ悶えているだろう。
こう思うといても立ってもおれませんでした。
申し訳ないどんなに忙しくても、どんなに嫌がっても浄土真宗の法話に連れてくるべきだった。
そして真剣な聴聞をしてもらうべきだった。
私は父に対して、わびと後悔の心で一杯でした。
白い一つかみの骨となった父は命をかけて教えていってくれました。
無常は迅速だぞ。
遅かったでは間に合わないぞ。
他人の事ではないのだ。
お前の事だ。
この父の説法に報いるには、ただ一つ信心決定以外にはございません。
ここに千載に一遇のチャンスを与えられた私は
「善知識は助かる為の全因縁なり」
「仏法は聴聞に極まる」
この金言を胸に、どんな嵐が吹こうとも、どんな荒波がこようとも
信心決定めざして聴聞に破邪顕正に命をかける覚悟です。