待ちに待った
親鸞聖人
報恩講が全国から親鸞学徒が集まれ盛大に執り行われた。
折しもマイカー時代とあって自家用車、遠方からはマイクロバスと広い駐車場も満杯。
会館の内外ともに人波と車でうめつくされた盛況下、まず初日は
浄土真宗の御法話、
午後からは親鸞学徒の演劇の上演、講師を囲んでの質疑応答、
晩には会食と行事は円滑に進められた。
浄土真宗の御法話の内容
親鸞聖人の御一生には
肉食妻帯流刑、
善鸞義別等数々の破乱に富んだ事件があったが、その最たるものは聖人の御一生を決定した出来事、建仁元年29才の春、
阿弥陀如来の本願に救われられ、絶対の幸福の身になられたことであった。
以来一念
往生、
平生業成の
浄土真宗の骨格を明らかにされたが、聖人の報恩講にちなみ『
教行信証』の冒頭にかかげられている有名な言葉
「噫、弘誓の強縁は多生にも値ひ難く、真実の浄信は億劫にも獲難し。
遇行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。
若し也此の廻疑網に覆蔽せられなば、更りて復昿劫を逕歴せん。
誠なる哉や、摂取不捨の真言超世希有の正法、聞思して遅慮すること莫れ」
についてくわしく説かれた。
思い出深い各行事の中、弁論大会はこうであった。
弁論大会のルールは各弁士の持時間は8分、
ただしタイムオーバーは一分までは許されるものとし、
審査は六人の審査員が論旨40点、声量20点、態度20点、反響20点、計100点について採点するものである。
今回の弁論大会には親鸞学徒の代表7名がその弁論を競った。
熱弁とはげしいヤジの中、いやが上にも、盛り上ったこの弁論大会は、回を重ねる度にレベルが上り大学弁論の先生の弁によると、大学の弁論大会に対し何ら遜色のない出来とのことであった。
内容的にも充実し、断絶の世界といわれる今日、人間の心と心のふれあいから仏法を求める様になったと各弁士が訴え、
親鸞聖人との出会い、或いは親鸞学徒の熱心な顕正にかたくなな心が真実の
仏教に耳をかすようになった。
かって仏敵法敵であった私が熱心に顕正戦に活曜する迄になり、この上は
信心決定まで真実一路驀進するとの大獅子吼には、親鸞学徒一同深い感銘を与えられた。
宇宙飛行士でも所詮は月まで、私は大宇宙の功徳まる貰い、絶対の幸福になる迄は何が何でも求め抜くぞと
親鸞学徒の決意も新たに、
報恩講の幕はおろされた。