ある日の午後の事であります。
「ごめん下さい」と私が入ったのは
日蓮宗の邪教である創価学会の家でありました。
入ったトタンに目についた事は、
家の中たるや線香の煙がモウモウと立ちこめている事です。
「私は
浄土真宗の者ですが、話がしたくて来ました」
その時私は
「よし今に板マンダラをひきずりおろして見せるぞ、
これが何も知らない民衆をまどわすのだ」
……やがて法論は始まった。
創価学会員は始めから
「今は末法の世だよ、
親鸞のようなカビの生えた教では助からん、
念仏は
無間だ」と喚きちらすのであります。
しかし日頃善知識の
浄土真宗の法話に逢わせて頂いている私は
何故黙っておれようか……
「一切経に
南無妙法蓮華経とはどこにも出ていないのであります。
それどころか
『ただ浄土の一門のみありて通入すべき道なり』
我々の救われるのは
阿弥陀如来の本願以外にないのだとこそ
明らかに説かれているのであります。
ブッダの説かれもしない事を言いふらすのは、
仏教でもなければ、仏教信者でもありません。
外道、邪教、悪魔の
宗教に外ならないのであります。」
すると創価学会員これは自分の手におえぬと思っての事か
上の者を呼ぶために電話するのであります。
「悪魔外道よ向かって来い、何十人でも相手になるぞ、
この真実の御教えに何んで歯がたつものか」
次から次と来る者も来る者も日蓮と釈尊の説かれたものの区別さえできないもの、
冷静に他人の意見を聞く事もできないもの、
これ程までに板マンダラなるものは頭の脳ミソを入れかえるどころか
頭をも狂わせてしまうのか、恐ろしい事であります。
私は叫びました。
「ああ糞にハエとはこの事か、ハエが沢山たかっているからといって
糞のどこに値いがあるのだ、針は小さくても飲めんぞ、
親鸞会は針だ、外道、邪教をさし殺す針なのであります」
かくして勝負は決まった。
私は今創価学会と対決をし決意を改に奮い立たずにはおれません。
「皆さん胸のバッチを見て下さい。
正に鷲が飛び立とうとしているではありませんか。
今私たち親鸞学徒にもワシが飛び立つ土台ができ上がったのであります。
それこそ外でもありません。
浄土真宗親鸞会の滋賀会館なのであります。
皆さん今こそたくましい鳥の王者鷲となって胸のバッチのごとく
この滋賀会館より破邪顕正、真実の御教えを伝えんが為に
飛びたとうではありませんか。
親鸞学徒の皆さん、五濁の時機の灯炬たれ、
そして仏弟子よ、親鸞聖人の御後をしたうものよ、
親鸞聖人の後に続こうではありませんか…。
そして最後に、講師の先生始め支部長さん及び親鸞学徒の皆さん
色々の難問題点もよそに尊い血と汗と涙の御報謝より
滋賀会館を建立下され有難うございました。
阿弥陀様有難うございました。
力のない私は何もする事も出来ません、
だが私には体があります。心があります。
力のない私は、この体で露の命がつきるまで、
いや散って砕けようとも破邪顕正に真実一つに体当り、
驀進する覚悟であります。