報恩講が過ぎたとき、
「
私一人の報恩講であった」
と慶び叫んだ人が青年部から生まれました。
富山青年部の一人が親鸞会の
浄土真宗の御法話後、
絶対の幸福に救われたようである。
絶対の幸福とは、
歎異抄でいう摂取不捨の利益である。
聞いた知ったでは自分のものとはならない。
この世で後生の一大事を解決すること、
即ち一念の体験なくしては無礙の大道は開けないのだ。
急げや絶対の幸福!光明の広海まで!!
本部会館の報恩講劇「波乱」の上演に当り、
立つのがやっと39度の高熱を押し、
渾身の力をふりしぼって大役を果した熱血漢が現われた。
場面はおりしも
親鸞聖人の臨終に東国常陸より夜を日についで5日間、
老いの身に鞭打って駈けつけること120里、息もたえだえ、
聖人の御前に進み出た性信房、演技で通すところが
奇しくも地でゆくところとなった。
舞台上、聖人の側近の者が差し出した水は、
性信房の命ならぬ舞台続行に不可欠の水となり、
水を手に根性の劇は進む、あげくは頭から水をかぶってやり通した。
やる者が必死なら観る者も真剣、ハラハラのし通し、
目に涙なくしては……の劇となった。
もはや演技どころか心から聖人を思う気持が舞台をやり遂げさせたのである。
彼は国鉄職員であるが九月、青年部に入会するや、顕正の鬼となり、
2ヶ月にして顕三位、その積極性が見事大役を果たし得たというものである。
この熱と意気で後生の一大事と対決しようではないか。